COUNTDOWN (4)

|2010/9/9(木曜日)-23:21| カテゴリー: ファンフィクなど
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 既に公開済みのフィクですが、blogに出した方が読んでもらいやすいというアドバイスをいただいたので、連載形式で出してみます。
 初めての方は先に、

  • COUNTDOWN (1)
  • COUNTDOWN (2)
  • COUNTDOWN (3)
    • をご覧下さい。

      ●PHASE 10 ISO・R&Dセンター・一階

      「南部がやったぞ!」
      アンダーソンが叫んだ。警備室から拍手が沸き起こった。監視カメラの映像を映し出したモニターの中で、救助された研究員達が次々に機械室へと向かっていく。
      「アンダーソン副長官、職員の居場所の照合が終わりました。先に病院に運ばれた人も含めて、全て所在を把握しています。ただ、一昨日から無断欠勤して行方のわからない職員が三人居ます」
       警備員が駆け込んできた。
      「すぐに警察に連絡して手配しろ。身柄を押さえるんだ。IDと顔写真を提供してやれ」
       アンダーソンは再びモニターを見つめた。
       監視カメラの映像の中で、南部は逃げ回っていた。飛び、壁を蹴って宙を舞い、着地してダッシュ。
      「上手いものだ。それもその特殊スーツの機能か?」
      ——そうだ。これがあるから何とかなってる。
       言った瞬間にロボットの一つが発砲した。筐体から白煙が上がる。アンダーソンは思わず一瞬目を閉じた。
      「見ちゃいられんな。そいつは特殊部隊と互角以上に渡り合うロボットだ。そうそういつまでも逃げ切れるものじゃないぞ。大丈夫か?」
      ——今、対策を考えている。
       南部は、機械室の向かいにある倉庫に駆け込んだ。
      「おい、どうしたんだ?」
      ——いい物を見つけたぞ。
       再び姿を見せた南部は、取っ手のついた丸い缶に刷毛を握っていた。一番近いロボットのカメラを狙って刷毛を突き出した。
      「何をやってる?」
      ——ロボットのカメラを塗りつぶす。赤外線検知なら、塗料越しでは何も見えないはずだ。……くっ、最初はきついな……。
       南部は、部屋から出て手の届く範囲に来ているロボットの赤外線カメラのレンズにペンキを塗りつけ、慌てて部屋の扉を閉めるという作業を繰り返していた。そのコミカルな動きに、モニターを見つめる警備員から笑い声が上がった。
      「ありゃあ、一体何の罰ゲームだ?」
      「馬鹿、南部は命がけだぞ!」
       アンダーソンは怒鳴った。
       カメラの数が減れば減るほど、南部の姿を認識するのが遅れるし、難しくなる。やがて、いちいち隠れなくても、残りのレンズにペンキを塗る余裕ができた。レンズを全部塗りつぶされた十台のロボットは、不審者は居なくなったと判断して、勝手に格納庫に戻って行った。
      ——どうやらうまく行った。こいつらを止めるために必要なのは武器じゃない。特殊部隊の連中は、フル装備で押そうとしたんだろう。手持ちのガムテープでカメラを塞いでやってもよかったんだが、その距離まで近付くと電気ショックを喰らいそうだしな。
      「南部博士、ISOを辞めてもペンキ職人で食べて行けそうですね」
       ゴードンが笑いを堪えていた。
      ——冗談じゃない。
      「それはともかく、南部博士、さっきの対応は正解です。もし、ダクト内の炭酸ガスセンサーからの信号が跡絶えたら、機械室の扉がロックされて、外には出られないようになってました。仕様書をひっくり返してやっと見つけました」
      ——了解。次は、十九階の機械室周りだな。
       南部の姿が再び消えた。
      「こりゃ、デーモン博士に恨まれるぞ、南部君は……」
       アンダーソンは溜息をついた。
      「アンダーソン副長官、お電話です」
       部屋の隅で別の職員が手を上げた。
      「こっちに回してくれ」
       電話機のLEDが点灯するのを見て、アンダーソンは受話器を取った。
      「アンダーソンだ」
       電話は長官からだった。アンダーソンはこれまでの状況を説明した。
      『よくやってくれているようだ。だが、万が一の時は、R&Dセンターを土に帰さねばならん。念のため、国連軍には緊急出動を要請した』
      「どういう事ですか」
      「今のままで事態が沈静化すればいいが、そうでなかった場合には……」
      「一体何が問題なのですか」
      「重要機密だが、君には教えておく。この状況になった以上、知る必要があるだろう……。誰に伝えるかは、アンダーソン、君に任せよう。私も大至急そちらに戻る」

      ●PHASE 11 R&Dセンター・地下十九階

       地下十九階の機械室と配線ダクトを仕切る金網は失われていた。機械室の機材は床から引きはがされ、あるものは倒れ、あるものは傾いて別のラックにぶつかっていた。配線もあちこちが切れかけているらしく、パネルの半分をもぎ取られた配電盤から不規則に火花が上がっていた。
       南部は、梯子から機械室につながる点検穴に飛び込んだ。
      「こちら南部。P4フロアの爆発は、上に抜けたらしい。地下十九階の機械室の床を吹き飛ばしている。この下には何がある?」
      ——P4に入るための装備をストックしている。使い捨ての手袋や白衣、保護眼鏡といったものだ。内部を陽圧にできる防護服も、予備はそこで管理している。
      「つまり、P4に入らなくても爆薬をセットできるということだな」
       P4に入る時は専用の防護服を着用し、実験器具の持ち込みは人とは別の場所から行っている。P4から出る時も同じで、人も器具も滅菌される。滅菌してまで持ち出す器具はどうしてもそうしなければならないものだけで、大抵の器具は使い捨が基本で、使い終わったら速やかに焼却処分される。着替えなければならないため、余分なものを持ち込むのは難しいし、器具に隠して持ち込むとなると、人目につく可能性が高い。
      「配線ダクトはこの階までだ。下へ降りる方法はあるか?」
      ——実験室に入れ、南部。この図面によると、実験室内に下へ降りる階段と、実験器具を運ぶためのエレベーターがある。おそらく、危険ではない微生物の実験と、P4の実験の準備室として使われているんだろう。
       廊下に面した側に入り口が二つあった。自動ドアらしい入り口は二つとも開いていた。南部は入り口に向かった。ピーッという甲高い警報音が鳴った。南部は足を止めた。なびいたマントの端が、シュッという音とともに煙を上げた。
       廊下の天井と両脇の壁が鏡面になっていた。天井から四個所、レーザー光が伸びていた。鏡で反射を繰り返し、網のようなパスを作っていることが、時々燃えて光る小さな埃の様子からわかった。人がくぐり抜けられる隙間はない。南部は拳銃を引き抜いて、左上のレーザーを撃った。残り三つ。人が通れる余裕は無い。
      「……だろうな。私が作るとしても、最後の一つになっても役目を果たすように設置するさ」
       南部は溜息をついた。
      ——南部、急に止まったりしてどうしたんだ?
      「レーザーの壁に行く手を阻まれた。入り口を開けておけば、侵入者は大急ぎで入ろうとするだろう。どこでチェックされるか警戒しながらゆっくり歩いていたから良かったが、走っていたら止まるのが間に合わなくて間違い無く灼かれていた。まるで、エサの前に罠を仕掛けるようなやり方だな」
       南部は目をこらした。光の加減で、レーザー光がどこを通っているか、はっきり見えない。何か無いかと南部は辺りを見回した。トイレの表示があった。南部はトイレに駆け込み、棚の上に置いてあったトイレットペーパーを持って引き返した。レーザーの所まで戻り、鷲尾に借りたプライヤーの柄に仕込まれたナイフを取り出し、トイレットペーパーを細切れにして、床に置いた。
      「アンダーソン、ライターは無傷では返せないかもしれない」
       南部は、アンダーソンから借りてきたライターでトイレットペーパーの切れ端に火をつけた。炎と煙が上がった。
      ——今度は放火か?別の警報が鳴りそうだな。
      「ちょっと見やすくしてみた。スプリンクラーで水浴びする前に終わらせる」
       煙を吸って咳き込みながら、南部はレーザーを見た。煙の微粒子による散乱で、赤い光が浮かび上がった。レーザー光の向きを目で追って、南部は、アンダーソンのライターを差し込んだ。鏡面仕上げのオイルライターの表面で反射された光が、壁の塗料に黒い焦げ跡を作った。ライターの角度をゆっくり角度を変えて、レーザーに反射光を戻した。パシッと音がして、光の放射が止まった。一度コツを掴んでしまえば、残る二つを潰すのは簡単だった。トイレットペーパーの切れ端を踏んで火を消し、南部は実験室へと足を踏み入れた。
      「一通りの物は揃ってるな……」
       クリーンベンチに培養容器、滅菌相違に遠心分離機、蒸留水の製造装置、流し台などが備え付けられていた。部屋の真ん中の実験台には、シーケンサーやプライマーの合成装置などが整然と並んでいた。どこにでもありそうな、標準的な遺伝子工学の実験室だった。部屋の一番奥の壁際に、階下に通じる階段と、機材専用の小さなエレベーターの扉が見えた。
      「あそこか」
       南部は奥へ進もうとした。突然、入り口の上にある赤色のランプが点滅してブザーが鳴った。南部は振り向いた。目の前で自動扉が両方とも閉まった。

      ●PHASE 12 ISO・R&Dセンター・一階

       建物の外でジェットエンジンの轟音が響いた。
      「何事だ?」
      「ハリアーが三機、強行着陸してきます」
       アンダーソンの問いに、警備員が答えた。エンジン音が小さくなって間もなく、パイロットスーツの男が警備室に入ってきた。
      「ここの責任者は誰だ?」
      「私だ。君は?確か……」
      「空軍の鷲尾健太郎少佐だ。スクランブルがかかるのはいつものことだとしても、攻撃目標がアメガポリスのど真ん中にあるISOのR&Dセンターだというのは一体どういうわけなのか、事情を知りたくてな」
      「最近の兵士は、命令の理由をいちいち訊くのか?」
      「いいや。出ているのは上空での待機命令だから、ここに来た時点で既に俺は命令違反だ。だが、知らない間にクーデターに荷担させられるよりはマシだと思ってな。ISOが誇る先端研究施設を国連軍に壊させるなんざ、正気の沙汰じゃない」
      「空軍の方が先だったか……」
      「どういう意味だ?」
      「残念ながら命令は本物だし、クーデターでもない。陸軍にも出動が命じられた。攻撃命令があった場合には排気ダクト経由で地下百メートルにミサイルを撃ち込むことになっている」
       鷲尾は、モニター画面に目をやった。特徴のある黒いスーツ姿が、部屋の扉を調べていた。
      「あれは南部か……あそこで一体何してるんだ?」
       アンダーソンは、これまでの状況を簡単に説明した。
      「一人で行かせたのか!」
       鷲尾は、アンダーソンにつかみかかった。
      「南部君が自分から行くと言ったのだ。実際、ここのセキュリティをかいくぐって要救助者までたどり着くのは、他の者には無理だ。救助する人間よりも犠牲者の数の方が多くなりかねん」
      「何だってそんな厄介なシステムを……」
      「テロの騒ぎに乗じて機密が盗まれたケースがあったからな。それを防ぐ為だ」
      「時間はどれくらいある?」
       アンダーソンは、壁に掛けられたデジタル時計を見た。
      「このまま何もしなければ、P4の焼却処理が始まるのが一時間半後だ」
      「アンダーソン副長官、警察から連絡です」
      「つないでくれ」
       アンダーソンは、ゴードンに目配せし、スピーカーとマイクがつながっている電話機のボタンを押した。
      「ISOのアンダーソンだ」
      「アメガポリス警察です。手配されていたISO職員を三人とも発見しました」
      「どこでだ?」
      「港に沈んでいた車の中からです。既に死亡しています」
      「事故か?」
      「銃創があるので、他殺の可能性が高いと思われます。それから、同乗者があと一人……」
      「誰だ?」
      「身元を証明するものを持っていないためはっきりした事は言えませんが、持ち物に刻印された名前と、これまでに報道された写真からすると……スタンレー博士ではないかと」
      「何だって!」
       アンダーソンは、ゴードンと顔を見合わせた。情報が本当なら、救助に向かった南部がテロリストと出くわすことになる。
      「詳しいことがわかったら逐一報告してくれ」
       電話を切って通信機に向かう。
      「南部、聞こえるか。警察から連絡があった。スタンレー博士らしい死体が見つかった。ISOの職員と一緒にだ。今、地下に居るのは偽者のスタンレー博士かもしれない。救助をやめてすぐに戻ってこい」
      ——確定したのか?
       南部は冷静だった。
      「いや、だが……」
      ——その情報が間違っていたら、ここまで来てスタンレー博士を見殺しにすることになる。人道的にそれはできないし、人類にとっても大きな損失だ。非難だって受けそうだな。
      「相手がテロリストだったら、何をするかわからんし、君の身が危険だ。それに、三人は中に居るんだぞ。今のP4は普通の方法では出入りできない。もし助けられなかったとしても、誰も、君を非難したりはしない。君はもう十分にやっただろう。世間の非難を受けるとしても、それはISOの長官や私の役目だ。君じゃない」
       しばしの沈黙を破ったのは南部だった。
      ——いずれにしても、下へは降りてみよう。ただ、その前に出る方法を考えないと。
      「どうしたんだ?」
      ——実験室に閉じ込められた。ドアも壁も、人の力では壊せない。
      「何てことだ。そこに居てP4の焼却が始まったら只ではすまんぞ。削岩機と爆薬を持たせて、レスキュー隊を向かわせよう」
      ——アンダーソン、無駄なことは止めてくれ。私一人のために、大勢の命を危険にさらす必要はない。
      「おい南部、クリスマスイブの夜に、お前がローストされてどうするんだ!焼くのは七面鳥だけでたくさんだぞ!」
       鷲尾は、アンダーソンのマイクに向かって横から怒鳴った。
      ——鷲尾か、どうした?
      「このセンターを破壊せよとの命令が出ている。何かの間違いかと思って責任者を問い詰めたんだが、えらくややこしいことになってるな」
      ——爆撃による破壊に意味があればいいんだがな。
      「他人事みたいに言うな!そこに居たら生き埋めだぞ」
      ——アンダーソン、P4の監視カメラは動いているか?
      「ああ」
      ——監視を続けてくれ。それから、録画したものがあったら大至急チェックしてほしい。今下に居るのがテロリストだとしたら、彼らが一体何をしているのかが気になる。

      ●PHASE 13 R&Dセンター・地下十九、二十階

       南部は、P4のある地下二十階に降りた。P4入り口には、掌紋認証の装置とカードリーダーが備え付けられていた。ここから中に入り、内部で専用の防護服に着替えることになる。前室が広いため、中で何が行われているかを窺い知ることはできなかった。P4の区画の脇を、奥に続く廊下が延びていた。消耗品の倉庫が吹き飛んで、焼け焦げた消耗品が廊下に散乱していた。階段を下りた直ぐ脇の部屋に、作業台やメモ用紙と保安用品が置かれていた。ストックされた備品を上の棚から取るための踏み台や、ロープ、懐中電灯やヘルメットといった、どこにでもありそうなものばかりで、壁を壊すのに役立ちそうな道具は見当たらなかった。
       再び地下十九階の実験室を見て回った。それなりに重量のありそうな実験器具はあったが、南部が抱えて扉や壁にぶつけたところで、どうにかなるとも思えなかった。
      「壁か扉を壊せるだけのエネルギーを稼げるものというと……」
       南部は、遠心分離器の前で立ち止まった。最高回転速度七○○○○rpmの超遠心器だった。電源ボタンを押すと、ランプが点き、ファンが回り始めた。
      「電源が生きてるってのはありがたい」
      ——南部君、何をしているんだ?
      「運任せだが、出られるかもしれない方法を思いついた。事前に計算できないのが性に合わんのだが。うまくいくよう祈ってくれ」
       南部は、洗瓶の水をテストチューブ一杯まで入れて蓋をし、遠心器の片側にだけ5本まとめてセットした。蓋を閉め、通常の手順通りに内部を排気した。回転数を最高に上げてから、遠心器をスタートさせ、そのまま階下へと駆け降りた。
       けたたましい機械音の後、轟音と振動が来た。南部は、ゆっくりと階段を上った。シーケンサーのディスプレイを粉々にし、試薬棚を崩壊させて、超遠心機が壁をぶち抜いて廊下に飛び出し、向かいの壁にめり込んでいた。
      ——何をやったんだ?爆発物か?装置がすっ飛んで行ったぞ!
      「とりあえず出口は確保できた。構造壁でなかったから大穴が開いている」
       南部は、棚の残骸を引っ張って、邪魔にならないところに放り投げた。壁の穴を軽く蹴り、コンクリートの破片を落とし、穴から取り除いた。廊下は、埃と破片で惨憺たる有様だった。
      「昔、大学に居た時に超遠心を使った実験で事故があってな。バランスを取るのを怠って回した結果、一階の実験室の遠心器が三階の床をぶち抜いたのを思い出したんだ。まあ、どっちに飛ぶかわからんから神頼みでしかなかったが、これしか思いつかなかった」
       南部は廊下に這い出した。
      「P4の状況がどうなっているか教えてくれ」

      ●PHASE 14 ISO・R&Dセンター・一階

       アンダーソンは、この一週間のP4の監視カメラの映像を早送りして見ていた。実験操作にも持ち込まれた機材にも、特に怪しい所はなかった。今日になって、トランクのような箱が持ち込まれていた。
      「あれは何だ?」
       ゴードンがオンラインで帳簿を呼び出した。端末上に表示される。
      「記録によれば、スタンレー博士の持ち物です。実験に必要だが、秘密を守るため人目に触れさせたくないということだったのであのままで許可しました。持ち出す時に滅菌できなければ、お返しすることはできず、焼却処分になると説明しましたが、それでも良いということだったので……」
      「今、あの箱はどこにある?」
      「一番大きい実験ベンチの中です」
       警備室の入り口がざわついた。銀髪で長身、年配の男がコートをなびかせて入ってきた。
      「長官……」
      「状況は?」
       アンダーソンの説明を、長官は頷きもせずに聞いていた。
      「その状況ならウイルスの外部への流出は無さそうだな。で、下に居るのは南部博士だけなのか」
       答えようとしたアンダーソンは、P4の映像を見て叫んだ。
      「無茶なことを……」
       中に居た三人が、P4の出入り口を無理矢理こじ開けようとしていた。カメラの映像に強烈な光が走り、三人とも相次いで倒れた。アンダーソンは思わず目を背けた。
      「爆発が発生したため、セキュリティシステムがP4への出入り口を強制ロックしています。無理に出ようとすれば排除されます」
      「何てシステムだ……」
      「これまでも、事故が起きたときに現場の人間がどうにかしようとしたために、病原体が拡がってしまうことが度々起きています。その教訓を活かして、現場の人間にどうにかさせないようなセキュリティシステムを作ったというのが、デーモン博士のおっしゃっていたことでした……」
       ゴードンが説明した。
       アンダーソンは、長官を見つめた。
      「長官、たった今、内部の生存者は南部博士一人だけになりました」
      ——通信機越しに少しはそちらの様子も分かるが、何が起きたんだ?
      「南部君か。もう救助の必要は無くなった。中の三人は、力づくで外に出ようとして、セキュリティの犠牲になった。あと一時間と少しで内部の焼却処理が始まる。大至急脱出したまえ」
      ——ちょっと待ってくれ。わからないな……。
      「何がだ?考えるなら外に出てからにしろ」
      ——中にいた三人がテロリストだったとして、彼らは一体何をしに来たんだ?
      「そんなことはどうだっていいだろう。どのみちウイルスは外には持ち出せなかったし、焼却されてこの世から消滅するんだ」
      ——アンダーソン、スタンレー博士はなぜ呼ばれたんだ?ここには一体何があるんだ?正直に教えてくれ。P4への入出は極めて厳重に管理されている。他のフロアとは桁違いだ。私でもどうやって破ろうか考えあぐねている。それを誤魔化して入り込んだ連中なら、テロリストとしても超優秀だし、周到な準備をしてきているはずだ。これで終わりとは思えないんだ。
       アンダーソンは長官を見つめた。長官が頷いた。
      「南部君、長官が来ている。説明をきいてくれ」
       アンダーソンは、通信機につながっているマイクを長官に渡した。
      「スタンレー博士を呼んだ理由は、ウイルスのワクチンを開発するためだった。そのウィルスは、生物兵器として開発されたもので、国連軍が手に入れたものだ。人間に対する毒性が極めて強く、致死率ほぼ百パーセントの出血熱を引き起こす」
      ——まるでエボラですね、長官。
      「エボラと違うのは、接触感染だけではなく空気感染もするということだ。感染のスピードは、おそらくインフルエンザ以上だ。しかも、熱にも強いから煮沸した程度では死なない」
      ——もとの宿主は何なんです?
      「全く不明だ。だが、海水に混じった場合、魚に感染することはできるようで、その魚を食べた哺乳動物に感染が確認されたという報告を受けている。ただ、人間以外の動物にはほとんど重篤な症状を引き起こさない。こんなものがわずかでも外に出たら、もう手がつけられんだろう。専門家の話では、そのウイルスはたった一個で人間一人を殺せる」
      ——そこまで強力過ぎると、兵器としても危なくて使えないんじゃないですか。
      「そうだ。しかしワクチンを持っていれば、敵に対して圧倒的に優位に立てるだろう。使われた側はたまったものではないし、一旦広まれば戦争の相手だけではなく、全世界が危機に晒される。だから、ISOで引き取ってワクチンを作り、治療法を見つけることにした。これは、トップシークレットだから、ISO内では、私を含め、限られた人間しか知らないことだ。アンダーソン君にも言っていなかったくらいだ。もし、対処法が見つかる前に誰かに奪われでもしたら大変なことになる。たとえ、センターを潰してでも外に持ち出されることは防がねばならん。だから、万が一に備えて、センターのの破壊の準備を軍に頼んだ。しかし、強力なセキュリティシステムのおかげで、外部に持ち出すことはできなかったようだ」
      「南部君、監視カメラを見た限り、増やしたウィルスは全てあの箱の中に入れられている」
       アンダーソンが説明を引き継いだ。
      ——で、箱は実験ベンチの上に置かれたままなんだな?
      「そうだ」
      ——それなら、最初から持ち出すつもりなんか無かったんじゃないのか?
      「何だって?」
      ——その箱の映像を見ていないから何ともいえないんだが、そいつは、ウイルスを生き延びさせるためのシェルターじゃないのか?今回のようなトラブルが起きて、これほどのウイルスを持っている状態なら、当然、P4内部は焼却処分されると誰もが思う。デーモン博士の成果発表もあったそうだしな。しかし、その温度にも、高温を保てる時間にも限度があるだろう。やり過ぎれば他のフロアまで炎上させることになる。
      「その通りです、南部博士」
      ——ゴードン、教えてくれ。確かP4への空気の供給はフィルターを通していたはずだ。実験ベンチから吸い出した空気もフィルターを通して処理されていたんじゃないか。焼却処分になればどうなる?
      「吸気側と排気側のフィルターは確実に燃えてしまいます」
      ——つまりは、がら空きということだ。焼却が終わった後、箱を開ければ、生き延びたウイルスは外に出られる。箱の中に爆薬が仕込まれていれば、フィルターが無くなった換気経路を通ってウイルスが外に飛び散るだろう。建物を壊す爆発がおきれば、部屋の中に散らばったウィルスは土砂に混じり、いずれは雨水によって流されて海に到達する。建物の周囲まで崩壊させてしまえば、雨水や地下水の浸入を止めることなどまず無理だからな。結局ウィルスは外に出ることになるだろう。感染が始まるのが早いか遅いかの違いでしかないぞ。
      「何てことだ……アメガポリスは全滅するぞ」
       長官が呻いた。
      ——アメガポリスだけでは済みません。アメリス国全体が……いや、起きるのは全世界規模の感染《パンデミック》です。
      「ISOが、世界の破滅の引き金を引くのか……ISOの信用失墜どころの話ではないな」
       アンダーソンは、ハンカチを出して汗を拭った。
      ——長官、まず、軍による攻撃を中止してください。爆破しても事態を悪化させるだけで何の意味もありません。
      「わかった」
       長官は、目の前の電話の受話器を取り、国連軍の司令官へのホットラインを呼び出した。
      「ISO長官だが、攻撃を中止してくれ。事情が変わった……そうだ、中止だ」
       受話器を置いた長官の目は、中空をさまよっていた。
      「それで、何か手はあるのか?」



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