しるふさんのところでチャットをしていたら、鰻重とかつ丼の話が出まして。話をするうちに、「あの角を曲がって」というしるふさんのちょっと前のフィクのネタだとわかり、食欲の秋なので(謎)、「あの角を曲がって」というタイトルで各自お気に入りのキャラ+メニューでフィクを書いて提出、ということになりました。その宿題として書いたものです。
 フィクのタイトルは、「あの角を曲がって」の後に、メニューを並べて書いたものとする、ということになりました。メニューを何にするかもチャットの流れで決まりました。食堂の設定はしるふさんが最初に書かれたものに合わせています。
 既にしるふさんの掲示板に投稿したのですが、向こうはパスワード制なので、こちらでも同じものを出しておきます。
 私が書くので、主人公は当然のことながら南部博士です。

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あの角を曲がって ロースかつ膳+美少年

 打ち合わせは一段落したが、問題は解決していなかった。

 ギャラクターの動向を探るために探査機を十機以上打ち上げて地球全域をくまなく24時間監視できるシステムを作る、という計画がISOで進められていた。ISO長官の南部考三郎がこのプロジェクトを進めると決定したのは半年前だった。普通に作れば、打ち上げの方も大型のロケットが新しく必要になる。しかし、探査機の方に新素材をいくつか使えば、軽量にしたまま強度を維持できるので既にISOで打ち上げ実績のあるロケットを使えることがわかり、製作が進められた。ところが、一週間前、完成した探査機の試験の最中に問題が発生した。
 使った新素材の中に、熱の伝わる速さが極端に違うものがあった。その二つを組み合わせて使うと、想定したよりも大きな温度の違いが生じ、歪みがかかって壊れやすくなる。温度変化に対する耐久試験の最中にそのことがわかった。現場のチームは大慌てで対策を考えることになり、南部もその対策会議に出ていた。ある程度遡って設計からやりなおす、打ち上げの失敗を前提にしてこれまで通りの作り方で手早く探査機を余分に作っておきロケットの方はまだ信頼性に疑問のある大型のものを使う、という2つの案が出た。それぞれにかかる人的物的コストと、完成までに要する時間を見積もるために、この三日間、南部は釘付けになっていた。事前に書類を配って話し合えば済む種類の会議ではない。疑問が出て、データが足りないとわかる度に、実験室で測定し、手描きのグラフやらメモ書きの数値やらのコピーを回しての検討になった。
 さすがに、飲み物と軽食くらいは運び込んでいたし、休憩時間に他のメンバーは食事を摂っていた。しかし、長官の南部にその時間は無かった。空き時間を全部使って長官決裁の要る書類を処理しないとISOの他の業務が止まってしまうからである。
 六日目の夕方になって、これ以上続けても疲労によるミスが増えるだけだし効率も上がらない、という判断で、南部は会議を打ち切った。対策方法それぞれについて必要な時間と人員の見積もりは見えてきたが、方針を決定するまでには至っていなかった。「次の招集は明朝から、それまでは全員休養をとるように」と宣言した後、南部は長官室には戻らず、白亜のISO本部ビルの通用口からそっと外に出た。

 南部は、余計な情報をシャットアウトした上で、どう結論を出すか考えたかった。本部ビルに居る限り、誰かが仕事を突っ込んでくるので、落ち着いて何かを考えるのは無理である。かといって、人通りの多いところをISO長官が一人で歩けば、それだけで目立つ。自然と、南部の足は静かな路地へと向かっていた。

「お食事ですか?」
 いきなり声をかけられて、南部は我に返った。路地の突き当たりの日本家屋の入り口の扉を開けて、男性が微笑んでいた。騒々しい店なら入るのを止めようと思って扉の内部を伺ったが、混雑している気配は無かった。南部は軽く頷いて、紺色の暖簾をくぐり、中に入った。他の客の姿は見えなかった。南部は、カウンターの真ん中の席に座った。本日のメニューです、と渡されたのは、手書きの紙切れ一枚だった。ここ数日、まともなものを食べていなかった南部は、麺類と丼物をまず除外した。その結果、天ぷら定食、刺身定食、ロースかつ膳の三択になった。
「何にいたしましょう?」
 カウンターの向こうから男が声をかけた。
「定食から選びたいのだが……」
「それでしたら、かつ膳はいかがでしょう?豚肉のいいのが入ってますよ、今日は」
「ではそれにしてくれ」
「お飲み物は?」
「何かお薦めのものがあるのかね?」
「じゃあこれで」
 男が持ち上げた一升瓶のラベルには「美少年」とあった。
 一合入る透明なガラスの杯に満たされた清酒を半分まで飲み、南部は杯を持ち上げた。透明な液体が揺れている。目で見ただけで酒と水を区別する方法があるかと訊かれたら一体どう答えるべきだろう、と、ふと思った。

 身に付いたスーツにネクタイ姿、髭に眼鏡の男性がグラスを目の高さに掲げたままで固まっている、というのは、誰が見ても挙動不審であったが、それを見ても店主は特に話しかけたりしなかった。

「こちらがソースです。ゴマを潰して入れてください」
 平たい器に入った褐色のソースと、小さなすり鉢に入った白ごまが、白木のテーブルの上に置かれた。南部はグラスを置き、一緒に出されたすりこぎでゴマを潰しながら苦笑した。ここ数日の会議の途中の実験では、測定のために試料を粉にする必要があって、乳鉢を使って全く同じ作業をしていたのだった。その時間が唯一、南部が何も考えずにいられる時間でもあった。

「もうそれくらいでいいですよ。随分楽しんでらっしゃるようですが」
 気が付くと、既にゴマは粉々を通り越してペースト状になっていた。
「ふむ」
 南部はすりこぎを置き、ゴマをソースの中に箸で入れた。
——つい熱中しすぎたようだが、他人の目から見ると私の姿は楽しそうに見えていたのか……。
 それはともかく、もうそろそろだろう、と、南部はカウンター越しに厨房を見た。ちょうど、分厚いカツを油から引き上げ、まな板に載せるところだった。ざく、ざく、と、勢いよく衣ごと切る音が響いた。そのまま包丁に載せて皿に盛りつけ、流れるような動作で南部の前に差し出された。
 丸い皿の上にステンレスの網があり、その上に丁度良い大きさにカットされたとんかつが並んでいた。付け合わせのキャベツもたっぷりあった。南部は切断された面を見て、眉をひそめた。ぶ厚い肉の真ん中のあたりがまだ少し赤っぽい。充分に火が通っていないのでは……。
「ごはんと味噌汁、直ぐに出しますよ」
 言いながら男は、カウンターの上に、大きめの椀を2つ置いた。
「今日はキノコの味噌汁ですよ。秋ですからねぇ」
 それはいいんだが火の通り具合が、と言おうとして皿に目をやった南部は、再び固まった。赤っぽかった部分は完全に色が変わっており、ちょうど食べ頃になっていた。
「おぉ、これは……」
 南部は一切れ取って口に運んだ。カリっとした衣と分厚くて軟らかい肉が美味い。何の抵抗もなく食べ終えていた。自覚はしていなかったが、体の方は相当に飢えていたらしい。次の一切れをソースの小皿に入れながら、この厚さと形状のカツを作るシミュレーションをしろ、と命じたらISOの技術者連中はどうするだろう、と考えた。外側のパン粉や衣の部分と肉とでは熱の伝わり方が違う。しかも、火が通ったところと生のところでもやはり違う。それが時間とともに変わっていくのだから、さぞかし難航するだろう。
 熱い油から取り出した後も、熱は伝わる。ここの店主は、真ん中に火が通る直前で上げて、ご飯と味噌汁を出すまでの時間差で、余熱を使って加熱を完了させた。経験がなせる技とはいえ、衛星の熱伝導計算でこけたISOの連中に爪の垢でも煎じて飲ませたい……。
 そんなことを考えているうちに、南部は、ロースかつ膳を平らげてしまっていた。杯の方も空になっている。とりあえず杯を差し出し、お代わりをもらって、一気に流しこんだ。
「美味かった。油から上げるタイミングが絶妙だったな」
「わかりますか」
 店主は満足そうに笑った。
「真ん中に火が通るまで油の中に入れておくと、揚げすぎになるんですよ」
「そうらしいな……それだ!」
 南部は勢いよく立ち上がった。
 ここ数日の打ち合わせの結論が固まりつつあった。充分長い時間一部を暖めてしまう前に、姿勢を変えて反対側を暖めればいい。要は、とんかつを作るのと同じ要領だ。そのためには探査機を適当に回しておく必要があるが、今の設計のままでもやれなくはない。設計をやり直すとか、数打ちゃ当たるなどということをせずに、運用でカバー、でいこう。探査機の寿命が少し短くはなるが、それは仕方がないだろう……。
「今日はロースかつ膳を選んで良かった」
 分厚いとんかつがきっかけで解決策を見つけた南部の本心だった。店主が想像した理由とは違っていたが。
「ありがとうございます。またいい肉を用意しておきますよ」
 支払いを済ませて南部は外に出た。すっかり日が暮れていた。酒のせいか、耐え難い眠気に襲われつつあった。南部はISO本部に戻り、ベッドルームに潜り込んだ。横になってからのことは覚えていなかった。

 数週間後。
 探査機打ち上げのカウントダウンが始まっていた。南部は司令室で、モニター画面の中に立ち並ぶロケットを見守っていた。時間差でリフトオフし、まっすぐに上昇していくロケットを見ていると、ふと、例のとんかつを打ち上げている気分に襲われた。南部は首を左右に振ったあと眼鏡を外し、ポケットのハンカチで拭いてからかけ直した。
「長官、どうなさったんですか」
 横に立った係官が訊いた。
「……いや、何でもない」
「でも、一時はどうなることかと思いましたよ。スケジュールが大幅に遅れるか、予算超過になるか……それが南部長官のアイデアで解決したんですから」
「私のアイデア、か……」
 南部は呟いた。
「ところで君、とんかつの揚げ方を知ってるかね?」
「はぁ?」
「……いや、いいんだ。さて、もう私がここに居なくても大丈夫だろう」
 怪訝な顔をした係官をその場に残して、南部は司令室を出た。



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このエントリーは 2010/10/10(日曜日)-21:31 に、カテゴリー ファンフィクなどに投稿されました。 RSS 2.0 feedを用いて応答を追跡できます。 You can skip to the end and leave a response. Pinging is currently not allowed.

2 個のコメントがあります


  1. ゆかり on 2010/10/13(水曜日) 01:26

    う~ん、ロースかつ膳のとんかつの揚げ方から解決策を見出すとは流石は南部博士・・・。

    だが、周囲の人に解決策を見出した理由を理解されそうにないのが些か不憫であります(-_-;)

  2. 裕川涼 on 2010/10/14(木曜日) 01:00

    ゆかりさん、

     多分、南部博士の思考についていけず置いてけぼり喰った人はISOにもたくさんいるだろうなあ、と思います。

     傍目には不憫ですが、でも南部博士はちっとも気にしないんだろうなぁ、とも。

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