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MISSION 4 ミネルヴァの梟 Die Eule der Minerva

● PHASE 1 光子力研究所・管制塔

所内放送で弓教授宛に緊急呼び出しがかかったのは、新しいパートナー回路を組み終えた直後だった。弓は、組み立ての機材や計測器をそのままにして管制塔へと急いだ。
 モニター画面の中で、機械獣アーチェリアンJ5とマジンガーZが戦っていた。マジンガーZの光子力ビームに合わせてミネルバXもビーム攻撃をする。アーチェリアンは大破して地面に転がった。管制塔内で、見守る所員達から驚嘆の声が上がった。だが、アーチェリアンが最期に射た矢は、正確にミネルバXのパーートナー回路を破壊していた。ミネルバXは暴走し、街を好き勝手に破壊し始めた。
「ヘルに制御が戻ったんだ」
 あの余分な制御回路はやはり外しておくべきだったと思いながら、弓は甲児に帰還命令を出した。さやかのアフロダイAには追跡を続行させた。
 Zが戻ってきたので、弓は一旦外に出て、予備のパートナー回路を渡した。
「制御をこちらに戻すには、もういちどパートナー回路を動作させる以外にない。予備のパートナー回路をミネルバXに取り付けてくれ。それが出来ないときは破壊するしかない」
 再び管制塔に戻った弓が見たものは、目の前にあるものを手当たり次第破壊しながら、原子力発電所に向かうミネルバXの姿だった。
 原子力発電所の原子炉格納容器が壊されたら、放射能を帯びた冷却水やガスが放出され、炉心の放射線源もばらまかれることになる。何とか止めようと駆け寄るZを、後ろからアフロダイAのミサイルが追い抜いて、ミネルバXに命中した。その場に崩れ落ちたミネルバXに、マジンガーZの手でパートナー回路がはめ込まれた。しかし、ミネルバXの破壊は動力系や制御系の大部分に及んでいた。パートナー回路は動作したが、ミネルバXは全機能を停止した。



● PHASE 2 光子力研究所・ラウンジ

「ミネルバを埋葬してやりました。海の中です。いつか甦らせる時がくればいいですね」
 甲児からの報告を、弓はソファに沈み込んだまま聞いた。ミネルバXの原子炉は既に取り出して解体作業に回していた。
「ああ、そうできるといいね」
 弓は曖昧に答えた。
 超合金Zならともかく、海の中ではスーパー鋼鉄の腐食は早い。戦いが終わってから引き上げた場合、元の形をとどめている保証はどこにもなかった。
「ミネルバXは私を許してくれるかしら?」
「さやかは発電所を、街を守ったのだ」
 弓は、座り直してソファから身を乗り出した。
「奪われた設計図はもう一度作り直した。甦らせることはいつでもできるから、あまり気にしてはいかん」
「じゃあ、今すぐ作って、お父様。甲児君のパートナーは私よ。だから今度は私がミネルバXを操縦するわ。超合金Zと光子力があれば、私だって戦える。アフロダイAよりずっと強くできるんでしょ」
「駄目だ」
「どうして?」
「パートナー回路無しではミネルバXは動かん。無理に操縦席を作ったとしても、そんなものに乗るのは危険すぎる。もし、パートナー回路がミネルバをZの楯にすることを決めたら、一緒に破壊されてしまうぞ」
「そんなの、自分の身を守れ、って命令を出せばいいだけじゃない」
「そう簡単にはいかん。自身の安全とZの補佐を同時に満たす最適解をはじき出すのはとても難しい。何をするか決められなかったら、ミネルバXが戦いの最中に立ち往生してしまうぞ」
「甲児君に『アフロダイAは起重機代わり』なんて言われたのよ。悔しいわ」
「そんなところで張り合ってどうするんだね?」
「……もう、お父様のバカ!」
 さやかは、乱暴にドアを開けて出て行った。



● PHASE 3 光子力研究所・管制塔

所内のメインコンピュータの端末の前で、弓は設計図を眺めていた。もりもり博士が、ミネルバXのレントゲン写真をもとに作ったものである。
「弓教授、ここにいらしたんですか?お嬢さんがすごい剣幕で格納庫の方に行きましたよ」
 せわし博士は、弓の隣に座って設計図を覗きこんだ。
「うむ……さやかのことは、しばらくそっとしておくしかないだろう」
 弓は設計図を切り替えた。
「……die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug---ミネルヴァの梟は黄昏とともに飛ぶ、か。ミネルバXは姿を現すのが早過ぎたのかもしれんな」
「ヘーゲルの言葉ですな、所長」
「『法哲学要綱』の序文だ。本当はこの直前に、Wenn die Philosophie ihr Grau in Grau malt, dann ist eine Gestalt des Lebens alt geworden, und mit Grau in Grau läßt sie sich nicht verjüngen, sondern nur erkennenと言っている。哲学がその灰色を灰色に描く時生命の姿は既に老いているし、灰色に描いたからといって生命は若返らず、ただ認識されるのみだ、とね。随分わかりにくい言い回しだが、学問というものは結局は現実の後を追う、ということだ。まだフレーム問題も十分に解決していないという現実があるのに、ミネルバの名を持つ自律型ロボットが、不完全な作られ方で現れたのだからねぇ……」
「学問になるのを待ってなどいられませんぞ」
「それもそうだ」
 弓はせわし博士の方を向いた。
「我々は工学者であり、技術者の集団だ。その現実の方を推し進める側のな」
「日暮れになって、梟が普通に活動し出すのを待っていたのでは、仕事になりませんな」
「それじゃあ昼のうちに、飛び立たれる前に梟を捕まえに行くとするか」
 せわし博士が吹き出した。
「実際、うかうかもしておれん。マジンガーZと同じ基本構造を持ったミネルバXをあのヘルが作ったのだ。当然、Zの機能も癖も知られてしまっただろう。次からはもっと弱点を突いた攻撃が来るぞ」
「気を引き締めてかからねばなりませんな。ところでこの設計図はどうなさるおつもりで?」
「復元したとはいえ、元々は兜博士の考えられたものだ。保管して、兜博士の業績目録に追加しておこう」
「そういえば、そのヘーゲルですが、著作の多くは弟子が講義録をまとめたもので、本人が自分で書いたものはわずかだそうですね。しかも講義ノートは未完成で、弟子が大いに苦労したと。妙なところで兜博士に似てますなぁ」
 今度は弓が苦笑する番だった。兜博士の業績でまとまっていないものは一番弟子の弓が整理していたが、大量にあるため、いつになったら終わるのか目処も立っていなかった。
 モニターの一つが、ノイズパターンの画像を表示した。
「所長、あれは……?」
「私の雑音測定器だ。さっきは攻撃があったので急いで管制塔に来たから、電源は入れっぱなしで格納庫に置いたままにしてしまったのだが……」
 Zからのデータを取っていたとき、管制塔からも確認できるように、データを流す設定にしてあった。
「該当無しって出てますが……これは一体?」
 所内の装置なら全て登録されているから、自動的に照合された結果が表示されるはずである。新しく用意した装置なら該当無しと判定されるが、この時間、格納庫に装置の搬入は行われていない。生身の人間であれば、そもそも装置には引っ掛からない。
「いかん、侵入者かもしれん」
「さやかお嬢さんが下に……」
 弓は、コンソール下の引き出しを開けた。拳銃を取り出し、スライドを引き、初弾を装填する。
「警備員に連絡を」
 白衣の裾を翻して、弓は管制塔を飛び出した。



● PHASE 4 光子力研究所・格納庫

格納庫の入り口のドアを勢いよく開けて、弓は中に駆け込んだ。作業服を着た男が二人、壁際にさやかを追い詰めていた。
「そこで何をしている!」
 叫んだ弓に向かって男が発砲した。空気を焼く音とともに光線がすぐ後ろの壁に命中する。スミス博士の偽者に撃たれた記憶が甦った。
「お父様!」
 さやかが隙を見て逃げ出した。男がさやかの方に光線銃を向けた。弓は男に向かって走りながら、迷わず引き金を引いた。格納庫に轟音が響く。男は膝をついたが、なおも銃をさやかに向けた。さやかに駆け寄った弓は、左手でさやかを力一杯引き寄せ、後ろに庇った。左腕に激痛が走るのもかまわず、弓はさらに二発を撃ち込んだ。一発が頭に命中し、人工の皮膚を引き裂いた。明らかに人間ではない、機械の顔を晒した男が、そのまま後ろ向きに倒れた。
 残る一人が光線銃を構え直した。弓は、胴体を狙い撃ちにした。排莢され、硝煙の臭いが漂う。三発立て続けに弾を撃ち込まれ、体を作る部品が飛び散った。男はその場に崩れ落ちた。
「殺したの……?」
「見なさい、人間ではない。多分ドクターヘルの部下だ」
 ただ一人の理解者になるかもしれなかった兜十蔵を殺した時から、ヘルは完全に狂ったに違いない。人とふれあうよりも、世界を奪う方を選んだのだから。
「あしゅらといい、鉄仮面といい、ヘルは異形の者しか作らんつもりらしい……」
 人そっくりなものを作る気もない、ヒューマノイドを作ってもそれを人として扱うつもりは最初から無い。自分の思い通りに動くサイボーグでさえも仲間だと考えるつもりはないというヘルの精神に、弓は背筋が寒くなった。
「一体研究所へ何をしに……」
「おそらく、パートナー回路の情報を盗みに来たのだろう。ヘルが理解できなかった部分だ」
 ヘルは世界を欲しがっている。だが、人間を欲しがってはいない。地球人類がヘルの前に跪いたとしても、彼の望みは満たされないだろう。彼が作る世界には、ロボットしか居ない。今でもそうだし、これからもそうだ。彼が征服した後の世界に人間の居場所はない。それに気付いていないのだろうか?それとも、知った上でたった一人、自分だけしか居ない王国を作るために戦っているのか……
 二人目の男がゆっくりと動いた。光線銃を弓に向ける。弓は頭を狙って引き金を引いた。全弾撃ち尽くしてスライドが後退する。男は完全に動かなくなった。脳だけを生かすために封じ込められていた透明な培養液が流れだし、静かに床に広がっていった。
「お父様……」
 弓はさやかを抱き寄せた。左腕の傷が開いて出血が始まり、白衣を赤い血で染めていく。警備員を先頭に、三博士達が格納庫に駆け込んできた。
「所長、ご無事ですか!」
 動かなくなった引き金に指をかけたままで、弓の右手がゆっくりと下がる。
「ヘル、貴様はどこまで行っても傀儡の王だ」
 彼方を見つめながら発した弓の叫びが、格納庫に響いた。

---完---