パーソナルツール
現在位置: 戴き物 / / 証 6

証 6

by Ree


 

 しばらくして宇門がジープでやってきた。
 宇門の姿を見るなり甲児は駆け寄ろうとしたが、宇門が制した。
「大介ー!何やってるんじゃー!働けー!」
 団兵衛は、櫓の上から大声で叫びっぱなしだった。
 その声を聞いて、宇門は拳を握りしめた。だがすぐに穏やかな顔つきになった。
「おーい!団さん!」
 宇門は、櫓の上の団兵衛に声を掛けた。
「あやや?これは、これは、宇門センセ」
 そう言うと団兵衛は櫓からするするっと降りてきた。
「いや実は、団さんにお願いがありましてね」
「センセがわしにお願いとな?」
「実は、先日から新しいロケットの試作をしてるんですがね、そのプロジェクトに大介もメンバーに入ってるんですよ。ところがあいつは、途中で嫌だと言いって逃げ出してしまったのです。おかげで、せっかくのプロジェクトが中断してしまいましてね。研究所の所員達は、全然進まないと言ってわしに文句を言ってくる始末なんです」
「なんですと!大介がそんな迷惑かけとるんですか!」
 団兵衛は、宇門の話に身を乗り出して聞いていた。
「やはり息子である限りは、わしがびしっと意見してやらねばと思いましてね」
「そりゃそうじゃろ!センセも大変じゃのぉ!」
「で、お願いなんですが、大介を研究所に連れて帰って二・三日しごいてやろうと思ってるのですが、牧場の方も何かと忙しいでしょうし……どうでしょう?連れて帰ってもかまいませんか?」
 宇門は、そう言って団兵衛に聞いてみた。
「いやいや、あいつが居ても、ちーとも役にたたん。どうぞ、どうぞ、連れ帰ってびしっとしごいてやってくだされ!」
「いやはや申し訳ない。団さんにまで迷惑掛けてしまって……」
「いやーとんでもない」
「大介は何処ですか?」
「実は、裏庭で薪割りをさせてるんですがね、あいつは放っておくとすぐにサボるもんだから、わしがびしっとしごいておったのです」
 そう言いながら、団兵衛と宇門は連れだって自宅の裏庭に向かった。
 大介は、斧を振り上げるのも辛そうで、下ろせば下ろしたで、肩で息をして喘いでいた。
(大介……)
 宇門はその姿を見て、怒りがこみ上げてくるのを必死で押さえていた。
「こりゃー!大介!なんだ、そのへっぴり腰は!」
 大介は団兵衛にそう言われて、振り返って驚いた。
「父さん!」
「大介!お前は何というヤツじゃ!どれだけみんなに迷惑掛けたら気が済むんじゃ!早く研究所に戻ってみんなの手伝いをせんかいっ!」
 団兵衛は大介に向かって怒鳴った。
「え?」
 大介は、何の事だかさっぱりわからなかった。
「大介!早く研究所に戻るんだ。いいね」
 そう言うと宇門は、大介の腕を掴み引っ張った。
「え?父さん、ちょっと……」
「黙ってわしと一緒に研究所に戻るんだ!」
 宇門は、そう言って大介の腕をぐいぐい引っ張った。
「と・父さん……」
「団さん、お世話かけました。じゃ、しばらくよろしくお願いします」
 宇門は団兵衛にそう言うと、大介をジープまで引っ張っていって無理矢理助手席に乗せた。
「大介、みんなに迷惑掛けるんじゃないぞ!」
 団兵衛がそう言うと、宇門はジープを発進させた。
 大介は、突然の事で面食らっていた。
「ふぅ……団さん相手だと疲れる……」
 宇門は溜息をつきながらジープを運転し、突然怒鳴った。
「大介!お前は馬鹿か!あれほど無理するなって言っておいたのに!」
「す・すいません……」
 宇門が声を荒げる事は滅多に無い。よほど頭に来ていたのであろう。そう思うと、大介は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 宇門邸の前まで来ると、宇門はジープを止めた。
「大介、降りなさい」
「研究所に行くのではないのですか?」
「あれは団さんを説得する嘘だ。今日は自宅でゆっくり身体を休めるんだ。いいね」
 宇門は、そう言うとジープを降りて、大介に手を差し伸べた。大介は、大丈夫といいながらジープを降りた。
 玄関を開けてリビングに入ると、大介は深々とソファに座り込み、深い溜息をついた。
「何か飲むか?」
 宇門は、そう言いながら冷蔵庫からペットボトルのスポーツ飲料を取り出し、大介に渡した。
「すいません……」
 大介はキャップを開け、一気に半分飲み干した。
「はー……父さん、申し訳ない、助かりました」
 大介はそう言うと、頭をだらりとソファの背もたれに預けた。
「団さんは、いつもああなのかね?」
 宇門もソファに座り、大介に尋ねた。
「どうも僕は、要領が悪いと言うか間が悪いというか……おじさんにはよく怒鳴られるんですけど、それでも今ほどじゃ無かった。ここのところ急に仕事を放りだして行かねばならぬ事が多かったので、おじさんにとっては腹立たしかったのでしょう。おじさんが怒るのも当然なんです」
「だが、それは仕方がないことだ。お前以外に戦える者は居ない」
「わかっています。だけど、おじさんは知らない事だから無理もありません。多分そろそろ本気で怒られるだろうと覚悟はしてました。ははは」
「お前、わしが止めなかったらどうする気だったのだ?」
「多分、おじさんは意地でも止めろとは言わないことはわかってましたから、ぶっ倒れるまでやるしかないだろうって、そこまでやらないと、おじさんの気持ちは収まらないと思ったから……でもおかげで助かりました。ははは」
「だからお前は馬鹿だというのだ!そこまで団さんに付き合うことは無いだろう?」
「いえ、おじさんは……おじさんだけが僕を地球人として扱ってくれている。だからなるべくなら、その気持ちに応えたかったんです。それに……」
「それに?」
「いえ……」
「それに、なんだね?」
「……それに、もしおじさんが僕を拒絶する事にでもなったら、僕は唯一の居場所を失う……それだけはどうしても避けたかったんです……」
 大介はそう言うと目を伏せた。
「大介……」
 宇門は、大介の気持ちを思うと胸が痛んだ。大介が地球人ではないと言うことは、研究所内では周知の事実だ。所員全員仲間として受け入れてくれてはいるが、大介にとっては、自分が異端者だという思いが拭いきれないのだろう。地球人ではないと言う事実が、自分で自身の行動に歯止めをかけている。地球人として行動できる唯一の居場所が牧場なのだ。
 だが、その居場所も戦闘のおかげで維持することが困難になりつつある。大介にとっては団兵衛に怒鳴られる事よりも一番辛い事なのだろう……
 ふと気がつくと、大介はソファにもたれかかり眠っていた。
「大介、大介!こんな処で寝たら風邪ひくぞ」
 宇門は、大介を揺すり起こした。
「ああ、すいません。ついウトウトと……」
 大介は、目を押さえながら身体を起こした。
「わしは、研究所に戻るが、ちゃんとベッドで寝ろよ」
 そう言いながら宇門は立ち上がった。
「僕も行きます。グレンダイザーの整備をしなければ……」
 そう言うと大介も立ち上がった。
「駄目だ!今日はもう休みたまえ。身体を整備することも大事だぞ!」
 宇門は大介を制し、リビングを出ていった。
(父さん……ありがとうございました)
 大介は、既に姿が見えなくなった宇門に頭を下げた。

 辺りがすっかり暗くなった頃、宇門はいくつかの荷物を持って自宅の玄関の戸を開けた。
 なかなか言うことを聞かない息子の様子を見に帰ってきたのだった。
 自宅は、何処も明かりが点いていなかった。もしかして、居ないのか?と思いつつも大介の部屋の明かりを点けた。
 大介はベッドで眠っていた。シャワーを浴びたのであろう、上半身は裸のままでベッドカバーもはずさず、そのまま倒れ込んだ様に俯せに眠っていた。
「何やってるんだ。風邪をひくだろう、そんな格好で。全く……こんなにくたくたになるまで無理しなくとも良いのに、馬鹿なヤツだ」
 宇門が自宅に帰ってきた理由は、もう一つあった。
 あれから研究所に戻ると、ドクターが観測室までやってきて、大介が治療に来ないと文句を言いに来たのだ。事の成り行きをドクターに説明すると、父親として何をしていたのだと怒鳴られてしまったのである。宇門は、あまりに的を射ていたので返す言葉がなかった。
 宇門は、ドクターに治療道具を一式持たされて大介の治療を請け負ってきたのであった。
 案の定、肩の傷は悪化していた。
「こんな状態で、よく薪割りなんか出来たものだな……」
 そう言うと、宇門は大介を揺すり起こした。
「大介、大介!」
 よほど疲れているのだろう、大介はうーんと返事はするものの一向に起きあがる気配はなかった。 
(仕方がない、このまま治療するか)
 宇門は道具を取り出し、傷口を消毒し、ガーゼにたっぷりと薬を含ませて肩の傷に当てた。
「うっ……」
 傷に浸みたのだろう、大介はうめき声を上げて目を覚ました。
「目が覚めたか?今傷の手当てをしているから、もう少し大人しくしていろ」
「父さん……」
 大介はそうつぶやいたが、また目を閉じた。
 宇門は、ガーゼをサージカルテープで固定した。
「すいません……父さん」
 大介は目を少し開き、宇門に礼を言った。
「目が覚めたのなら、ちゃんと布団に入りたまえ。風邪をひくぞ」
 そう言われて大介はゆっくりと身体を起こし、ベッドに座り、項垂れながら両手で顔を押さえた。
「父さん、僕のためにわざわざ帰って来てくれたのですか?」
 大介がそう言うと宇門は、あぁと応えながら道具を片づけた。
「お前のおかげで今日、ドクターに怒鳴られたよ。全く……」
 宇門は、そう言いながら側に置いてあるアームチェアに座った。
「え?何故?」
 大介は顔を上げて宇門を見た。
「毎日治療に来いと言っていたのに、なぜ来なかったのか問いただされてね。訳を説明したら、父親失格だと怒鳴られたよ。言われて返す言葉がなかった……」
 そう言いながら宇門はため息をついた。
「そんな……父さん。僕が悪いんです。ドクターにはちゃんと説明します。迷惑掛けて申し訳ありませんでした」
 大介は、自分の事で宇門が迷惑を被ったと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「いや、ドクターの言うことは当たってるさ。お前に二足の草鞋を履かせているのだからな。もっと配慮すべきだった。すまなかった……」
「何故?何故父さんが謝らなければならないのですか?僕が勝手にやった事で……僕は何もかも覚悟の上なんです。僕のことなんか、気にする必要はない。父さんには何の責任もないんだ」
 大介は、身を乗り出して宇門に言い放った。
「大介……これでもわしは、お前の親のつもりだ」
 宇門は、静かに言葉を発した。
「あ……すいませんでした」
 そう言うと、大介は宇門から目をそらした。今、自分が言った言葉がどれだけ宇門を傷つけたか、大介は自分の考えのなさを思い知らされた。
「大介、もう一度寝るか?それとも食事にするかね?」
「父さん、食事はまだですよね?何か作りましょう」
 大介はそう言うと立ち上がり、スエットの上着を着込んだ。
「いや、今日は寿司を買ってきたのだ」
 そう言うと宇門は軽く微笑んだ。
「え?父さん、隣町まで行って来たのですか?まさか僕のために?」
「お前がいつ起きても食べられる様にと思ってな……」
 宇門は、そう言うと大介の部屋を出てダイニングへと向かった。 
大介は言葉が出なかった。宇門は自分の為に、わざわざ車を飛ばして隣町まで行って来たのだ。
 大介は、宇門の好意に目頭が熱くなるのを感じた。

 ダイニングテーブルで、二人は向かい合わせに座り、宇門が買ってきた寿司をつまみながら雑談をしていた。
「ところで父さん、今日おじさんには、なんて言って僕を帰すように話したのですか?」
 大介は宇門に事の真相を聞いてみた。
「うーん実はね、研究所で新しいロケットの試作プロジェクトがあって、お前もメンバーに入っていると説明したんだが……お前は嫌がってプロジェクトを抜け出してしまって、みんなが迷惑を被っていると説明したのだ」
「え?」
「連れて帰って二・三日ビシッとしごいてやるから帰して欲しいと話したのだ」
「……」
 大介は絶句した。
「あの場合仕方がなかったのだ。団さんが気持ちよくお前を帰してくれる様にするには……団さんはあの通り頑固だし、本当の事は説明出来ない。だからわしは一芝居打ったのだよ」
「父さん……」
大介は頭を抱えた。
「なかなか名案だろう?」
 宇門は、得意げに大介に説明した。
「父さん……それって僕の立場が益々悪くなるじゃないですか。これからおじさんには、さらに怒鳴られるんだ……それでなくても能なし呼ばわりされてるのに……」
 大介は、頭を抱えたまま深いため息をついた。
「だが、おかげで二・三日ゆっくり出来る。これからも抜け出すことがあっても、団さんはプロジェクトを手伝っていると思ってくれるだろう」
「……父さん、その代わり僕は、また牧場で怒鳴られっぱなしになると言う事ですね。はぁ……」
「うむ……」
 宇門も今になって少々不味かったか?と思ったが後の祭りだった。
 大介も、今後は牧場に行くにも覚悟して行かねばならないと肝に銘じていた。

関連コンテンツ
証 5
証 7