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絆 6

by Ree


 夕子は情けなかった。自分の事しか考えずに大介をなじっていた自分が恥ずかしかった。
「帰ろう……」
 ここは自分の居るべき場所ではない事を悟った夕子は、入り口の警備員にお願いし、車を借りて荷物を取りに行った。
 主の居ない宇門邸は、ひっそりと佇み、夕子を拒絶しているように見えた。
 エプロンを鞄に詰め込んだとき、涙が溢れてきた。
 自分は、この15年間何を思って生きてきたのだろう。ただ時に流され、過去だけを見つめて生きて来た。生きるってなんだろう。私も強くなりたい……大介さんのように……
 私は、私の居場所に帰って、今度は前を向いて歩こう……
 夕子は、今までの自分も一緒に鞄にしまい込み、新たな一歩を踏みしめる決心をした。
 
 
 コンコン
 夕子は、所長室のドアをノックした。
 返事はなかった。ドアノブを回してみると開いた。
 (先生がお戻りになるまで、ここで待たせてもらおう)
 と夕子は、中に入った。
 すると、応接セットの長椅子で、宇門は横になって寝入っていた。
 かなり疲れているのか、一向に目を覚ます気配はなかった。
 こんなところで寝ていたら風邪を引くだろうと思い、コート掛けに掛けてあった背広の上着をそっと掛けてやった。
 先生……とつぶやきながら……
 
 プープープー
 内線の音が鳴った。
 宇門は、飛び起きた。側に夕子が居てびっくりしたが、とりあえず内線コールに出た。
「はい、宇門だが」
「こちら集中治療室です。大介さんの様態が安定してきたので、上の階に移動させようと思うのですが……」
「わかった。よろしく頼む」
「あっ!すまんが、やっぱり景色がいい最上階の部屋に移してくれんかね?」
「わかりました。では」
 ふーっと息を吐きながら、デスクの椅子に深々と腰を下ろした。
「大介さんは大丈夫なんですか?」
 夕子は、心配そうに聞いた。
「あぁもう大丈夫だ。君にも心配かけたね」
 宇門は、夕子に微笑んだ。そしておもむろに立ち上がった。
「わしは、ちょっと大介の顔を見に行ってくるが、君は……」
「あの、私も一緒に行ってもいいでしょうか?」
 宇門は、少し怪訝な顔をしたが、わかった。と頷いた。
 
 宇門と、夕子は連れだって最上階の部屋にやってきた。
 窓辺にベッドが置かれ、大介が静かに寝ていた。
 頭、胸、右腕と包帯が巻かれ点滴のチューブを付けていた。
 側には、大介の左手をしっかり握り、ひかるがまだ心配そうに付き添っていた。
「やぁひかる君。ずーっと付き添ってくれてたのかい?すまなかったね」
 ひかるは、はにかむように笑った。
「もう大介は大丈夫だよ。そろそろお帰り。こんなに遅くなると、団さんも心配しているぞ」
 うううん。とひかるは首を横に振った。
「大介さんが目覚めるまで、ここに居ます」
 ひかるは、大介の顔を見つめてそう言った。
「そうは言ってもな、まだ若い子が朝帰りじゃ、今度はわしが団さんに縛り首にされてしまうよ。ははは!」
「わしが付き添うから、心配しないでお帰り」
 とひかるをなだめるように優しく微笑んだ。
「あっ……あの……私に大介さんのお世話をさせてもらえないかしら?」
 え?と二人が夕子の顔を見た。
「いや、そうは言っても……」
「お願いします。せめて一晩だけでもお世話させて下さい」
「私、何かしたい……でもどうしていいかわからない。だからお願いします」
「夕子さん……」
 ひかるは、なんだか夕子の気持ちがわかるような気がした。
「わかったわ、夕子さん。大介さんの事、お願いします」
 ひかるは、立ち上がって夕子に椅子を譲った。
「じゃ、おじさま、帰ります。何かあったらすぐ知らせて下さいね」
「あぁ、ありがとう。気を付けてお帰り」
 宇門と夕子は、ひかるを見送った。
「いいのかね?夕子君。君も今日いろんな事があって疲れただろう」
「いいえ。ひかるさんって、本当にいい子ですね。私、いっぱい教えられました。もうこんなおばさんになってるのに、私ったら何一つわかってなくて……」
「君は、充分若いさ。それにここで起きたことは、誰にもわからないことだよ。わからなくて当たり前だろう」
「いいえ。私はいつも自分の事ばかりで、自分を中心にしか考えていませんでした。それを大介さんに教えてもらいました。だから少しでもお返ししたいんです」
 夕子は、ベッドの横の椅子に座って大介の顔を眺めた。
「夕子君……」
 う……う……
 大介が苦しそうに顔を歪めた。
「大介!大丈夫か?」
 う……はぁはぁ……息づかいが荒くなり、左手を動かした。そっと、ゆっくりとその左手は、ぴくりとも動かない右腕へと移動していった。
 右腕の存在を確かめるかの様に左手を動かし、また意識が遠のいて行った様だった。
「大介……」
 宇門は大介の顔を見て、そうつぶやいた。
「先生?……」
 夕子は、意味がわからなかった。
 しばらくして、また大介が苦しそうに唸りながら、左腕を動かしてきた。
「大丈夫だ。腕はちゃんとあるぞ」
 と、宇門は大介の耳元でささやいた。
 大介は、ほっとしたような顔をしてまた眠りに落ちた様だった。
 (ふぅ……)
 ため息をつきながら、宇門は横の一人掛けソファに沈み込んだ。そして目頭を押さえ込んだ。
「先生……」
「……」
「夕子君……今日この研究所で起きたことは、一切口外しないでもらいたい。いいね」
「え・ええ……」
「……」
「大介は、自分の腕を探してるんだよ。きっと……わしに切断される夢を見てるんだろう」
「え?」
「今日、大介と言い争っていたことは、君も知ってるだろう?」
「わしは、大介にその腕を切る!と脅したんだよ」
「……」
「だから、その言葉が頭から離れないんだろう……」
「君もわかっただろう……この地球の平和を守っているのは、他でもない大介なんだ」
「腕を切断してしまえば、誰がこの地球を守るんだ?国防軍なんて、ごらんの通り全く当てにはならん。それを大介はわかっているから切断を拒否してるんだ。当然命と引き替えにだ」
 夕子は、口に手を当て目を見開いていた。
「こんな戦い方をしていたら、近い将来大介は……」
「彼は、必死で耐えてるんだ。すべてを背負って……」
「そんな大介に……わしは、切断と言う言葉を浴びせかけたのだ」
 夕子は、目を見開きながら涙を浮かべていた。
「もうわかっているかと思うが、わしたちは本当の親子じゃない。だが、誰にも負けない親子だと、わしは自負していたんだ」
「ふふふ……おかしいだろ。息子を脅す父親なんかいるものかね……」
「先生……」
 夕子は、泣いていた。
 宇門も額を手で突っ張って顔を隠し、涙を流していた。
 しばらくの沈黙の後、夕子が口を開いた。
「先生……何もかも完璧な親子って、いないと思います。お互い間違いながらも絆を深めて行くと言うこともあるのではないでしょうか?……あっ……ごめんなさい。生意気言って……」
 宇門は、顔を上げた。
「いや……かまわんよ……」
「それに……大介さんは、そんなこと思ってないと思います」
「大介さんは……先生を一番大事に思ってるはずですわ……いえ絶対そうです」
「そうでなかったら、全部背負うなんて事、出来るはずないもの……」
「……ありがとう……」
 宇門は、少し救われた気がした。
「先生、しばらくお休みなって下さい。大介さんが目覚めたとき、先生が疲れた顔をしていたら、また気にしますよ」
 夕子は、宇門に優しく微笑んだ。
「あぁ……そうだな……そうしよう……何かあったら必ず呼んで下さい。そこにインターホンがあるからね」
「わかりました」
 そう言って宇門は、ソファから立ち上がり、部屋のドアを開け、
「じゃ、頼みます」
 と言ってドアを閉めて去っていった。
 
 夕子は、大介の顔を眺めていた。
 発熱の所為で、かなりの汗をかいていた。タオルで拭いてやったり、冷たいおしぼりを頭に乗せてやると、ふっと柔らかな顔になってまた深い眠りに落ちていく様だった。
 しばらくすると、また苦しみ出した。夢を見ているのだろうか?
 左腕がまた空を切るように彷徨っていた。
 夕子は、大丈夫……大丈夫と言って、右手の指を優しくさすってやった。右腕の感触が伝わるとその存在がわかって安心するのか、また深い眠りに落ちていった。
 何度となく苦しそうにうなり声をあげ、顔を左右に振った。夕子は、思わず大介を抱きしめた。そして優しく大丈夫……大丈夫とささやきかけた。そのとき……
 大介は、ほんの小さな声で、母上……とつぶやいた。夕子は、少しびっくりした。だが、それが大介の本当の心なのだろうと思った。思わず愛おしくなった。涙が溢れてきた……今だけは、心を解放してやりたかった。大介が安心して眠れるように夕子は、ずっとそうやって大丈夫……大丈夫とささやき続けた。
 
 
 朝、心地よい眠りから大介は目覚めた。まるで母に抱かれて眠っていたような幸せな気分だった。
 少しずつ周りを見渡すと、すぐ側に夕子が座ったまま、顔を大介のすぐ側に近づけて眠っていた。しかも自分の右手をしっかり握りしめているのだ。
 びっくりして起きあがろうとして、体に激痛が走り、唸った。
 夕子はその声に目覚め、
「ごめんなさい。少し眠ってしまったようね」
 大介は、ただ驚いていた。
「……す・みません……ご迷惑を……かけてしまったようで……」とぎれるような小さな声で、大介は詫びながら、また体を起こそうとして唸った。
「だめ!まだ動いてはいけないわ。あなたは、当分絶対安静なんだから」
 そう言って立ち上がり、サイドテーブルから、水差しをとった。
「熱がいっぱい出てたから、のどが渇いたでしょ?」
 はい。と言って水差しを、大介の口に入れてやった。
 ごくごくと勢いよく水を飲むと、すかさず、夕子は大介の口元をタオルで拭いた。
「す・みません……」
 大介はどうして夕子がここにいるのか理解できなかった。
「……あの……父は……」
「今、休んでもらってるわ。少し疲れているようだったから……」
「……そうですか……みんなに迷惑をかけてしまって……」
 大介はすまなさそうな顔をした。
「お互い様だわ。誰でも羽を休める場所は必要でしょう?」
 (夕子さん?……)
 大介はびっくりした。夕子が自分を真っ直ぐに見て普通にしゃべっているのだ。
 その視線が辛かった。だからなるべく目をあわさないようにしていた。
「……あ・あの……」
「え?あっ……少し体勢を変えた方がいいわね。ちょっと待って……」
 そう言って、夕子は、ベッドのリモコンを操作し、頭を少し上げてやった。
 大介は体勢が少し変わって楽になった。
「……すみませ?」
 大介が言おうとすると、夕子が大介の口に、シッ! と指をあてた。
「けが人は、黙ってなさい……ね!」
 と言って、くすっと笑った。
 大介は呆気にとられていた。
「……」
 夕子は、ベッドの縁に頬杖をつき、ずーっと大介の顔を眺めていた。
 大介は、視線を逸らすために横を向いていた。
「……あの……夕子さん……」
 横を向いたまま、大介は話しかけた。
「ん?なに?どこか痛いの?腕をさすりましょうか?」
「いえ……」
「……夕子さん……お世話になってしまって……だけど……もう大丈夫……どうぞ父のところへ……僕は、もう大丈夫ですから……」
 大介は夕子の顔を直視できず、横を向いたまま言葉を選びながらそう言った。
「何が大丈夫なの?あなたは動いてはいけないのよ」
 夕子は、強く言い放った。
「……もう大丈夫です。……動けます……」
 そう言って、苦痛に顔を歪めながら、上体を起こそうとした。
「だめ!」
 夕子は、大介を押さえつけた。
「ホントにもう……先生でなくても殴りたくなるわよ」
「……では大人しくしてます……お願いです……」
 大介は夕子の顔を見ずに懇願した。
「私が側に居るのが、そんなにいや?」
「いえ!そうじゃない……あなたに……申し訳なくて……」
「だったら気にする必要はないのよ。私は今あなたのお世話をするためにここにいるのだから……」
「……夕子さん……あなたには、本当にいやな思いをさせてしまって……僕の所為で……」
「何をいってるの?」
「……せっかく父に会いに来たのに……僕が居た所為で驚かせてしまって……」
「そうね……先生にこんな大きな息子がいたなんて、ショックだったわ。最初はね……」
「……父のことを……」
「そう……昔からずーっと先生の事が好きだったわ……」
「ずーっと先生のことを思っていたら、こんなおばちゃんになっちゃったわ」
 夕子は、遠い目で大介に語った。
「……僕の所為なんです。何もかも……僕が居なかったら、こんな事にはならなかったのに……僕の所為で……」
 がばっ!
 夕子は思わず大介を抱きしめた。
 (え?)
「そんなこと言うもんじゃないわ……あなたは一人じゃないのよ……あなたを大事に思っている人は、いっぱいいるのよ……」
 大介を抱きしめながら、夕子は涙を流した。
「もっと生きることにどん欲にならなくちゃだめ。諦めちゃだめ……」
「もっと人に寄りかかって生きなきゃ……それが、人ってものでしょう?」
 (夕子さん……)
 大介は、抱きしめられながら、眠っていた時の感覚を思い出した。夕子の柔らかさ、暖かさを肌で感じて、もしかして?……と思いながら、されるがままその暖かさに浸っていた。
 カチッ
 宇門がドアを開けると、夕子が大介を抱きしめていた。そして大介は小さな子供の様な顔をして目を閉じていた。
 宇門はびっくりしたが、そっとドアを閉めた。そしてドアの外で、ありがとう……とつぶやいた。
 しばらく夕子は、大介を抱きしめていた。小さい子をあやすように……
 やがて大介はその心地よさに安堵し、また眠りに落ちていった……その顔は穏やかな寝顔だった。
 
 夕子は、大介が寝入ったのを確認して、しばらく外の空気を吸いに行こうと席を立った。
 そっとドアを開けて外に出ると、そこには宇門が立っていた。
「先!?」
「シッ!」宇門は口に指を立てそして微笑んだ。

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